2007年03月
顔を見るまで、ちょっとドキドキ・・・
会ったらすぐに、会わなかった時間を越えて
学生時代に戻ってました。
おんな3人
桜の香りのするスパークリングワインでまずは「再会に乾杯!」^^
イタリアンのアラカルト
トリッパなるものをはじめてイタダキマシタ~。
パスタがモチモチで幸せ倍増でした。
その後、夜桜お散歩しました。
こんな風に書くと
めちゃくちゃかっこいいのですが・・・
実際は・・・
あはっはははは・・・ありえな~い・・・
「さくら~桜~♪」等お店で歌ってしまうほど陽気でした。
皆さん想像してみて下さい。
歌い手3人が本気で大声で笑った声を・・・・
お店に他のお客様がいなくて助かりました。ホッ
そんなふざけながらも
時々は、近況やこれからの日本の教育について
語ったりして・・・
やはりそれぞれに時間はきちんと経っているのですね・・・
自分のやりたい事
歌という世界を見つけ
それぞれのやり方でそれを続けている女性達
20代とは違う生き様がいい顔を作ってました。
かっこよかったです。
では、また来年~
桜の季節にお会いいたしましょう~♪
お写真は国立の桜です。
追伸:
前回の叔母の手術
お蔭様で無事終了いたしました。
今日はおもゆ等食べているという報告がありました。
みんなで「喜びの春」を迎えられました。
ありがとうございました。
投稿者 うたごころ 30日 01:20 | コメント(0) | トラックバック(0)
母から電話がありました。
「妹が今度手術するのよ・・・」
本当に声が沈んでいます。
●臓に●●●●・・・
物凄く危険な手術になります。
人間ドッグの途中で
手術と言われたそうです。
なんで・・・
今年60歳です。
叔母はピアノの先生でした。
私は高校時代、長い休みになると
お家に遊びに行きピアノを
特訓してもらいました。
夏休みは二週間ぐらい泊まってました。
本当に優しい叔母で・・・
その頃私は思春期ど真ん中・・・
両親や先生や大人や社会や未来に
ついて思っている事を
ドンドンぶつけて話をしました。
叔母は
買い物に行きながら
料理をしながら
ニコニコ話を聞いてくれました。
世の中というものについて
いろんな話も聞かせてくれました。
お寺で育った私にとっては
サラリーマン一家の生活
朝早く起きて、お父さんが出かける、
そして、夕方帰って来るのを従兄弟と一緒に
ワクワクしながら待つ・・・
そんな当たり前の事が、本当に何だか楽しかったです。
「やってみなきゃね」
「かずちゃんは素直だから凄く伸びると思うよ」
と受験に向かい弱気の私に
いつも勇気をくれました。
そんな叔母です。
本当に手術成功して欲しいです。
一方・・・友人に
こんな穏やかな春の陽気に誘われたのでしょうか
今朝、男の子が誕生しました。
おめでとう~
明日は、また別の友人の結婚式です。
お歌をプレゼントさせて頂きます。
人生いろいろ・・・
私の気持ちもめまぐるしく変わります。
世の中、皆で揃って
『喜びの春』になったらいいですね~
投稿者 うたごころ 23日 15:29 | コメント(0) | トラックバック(0)
「僕の名前は出さないほうがいい」
・・・凄い人生って思いませんか?
今話題の『おふくろさん問題』の方の一つ先輩
藤山一郎・浜口庫之助さんと戦友の方でした。
とても優しくいろんなお話を聞かせてくれて
「自分が学ぶことはすべて、国の為、世界の為に
なるんだから、お始めになったらいい」
本当にその方の人生はその言葉そのもの
自分のスキルで国と国の友好活動をされてきたんです。
・・・ガガーーン!!!
とても大きなショックでした。
自分が学ぶ事をそういう大きなグローバルな視点で
考えた事がありませんでした。
初めて会った私に
「運・鈍・根」
と筆ペンでその辺にあるノートに書いてくれました。
「運をつかみ、歩みは鈍く、だけど根をしっかり張りなさい」
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?id=0183590-0000&kind=jn&mode=5人生はなんたるものか・・・
重い深いテーマを頂きました。
もう私には時間がありません。
だから若い方同士でコミットして
あなたの仲間を広げていって下さい。
またその後、別の方にお会いしました・・・
残された人生
いつそんな時が来てもいいように
生きていた証が欲しいから
自分は人の為にこの時間を使おうと思っている。
70歳の記念に書いた青春というその方の書が
部屋に飾ってありました。
「青春」
18歳でも心が腐っていたなら
年老いてる
70歳でも今に生き明日に希望を
心に夢を持っていたら
青春である。
(注意:私なりに勝手に注釈しました)
その方も戦争を超えてきています。
戦後に生まれた団塊の世代の人とは
やはり人生の重みが違うような気がしました。
ちょっとお話が変わってしまいますが・・・
初めて聞いたお話だったので書きます。
その方は音楽が好きで
音楽を聴くのに学校の体育館でお金を払って聞いた
そうです。
そういう業者さんがいて
機材とレコードを持って街から街へ
移動していたそうです。
皆様ご存知でしたか?
だから少ないおこずかいの
中から出して聞いたクラシックは
物凄く強く覚えている
っておっしゃってました。
バッハが一番お好きだそうです。
音楽は感動するから素晴らしい
音楽を聴き涙することの出来る自分は
まだまだ大丈夫・・・と思うそうです。
感動の後は明るい気持ちになる
決して暗い気持ちになることは無い
だからあなたの「歌う」という事は
人の気持ちを明るくする事のできる
素晴らしい事なのです。
優しくて強い
戦争を乗り越えて
今を生きている
・・・凄い人生って思いませんか?
今話題の『おふくろさん問題』の方の一つ先輩
藤山一郎・浜口庫之助さんと戦友の方でした。
とても優しくいろんなお話を聞かせてくれて
「自分が学ぶことはすべて、国の為、世界の為に
なるんだから、お始めになったらいい」
本当にその方の人生はその言葉そのもの
自分のスキルで国と国の友好活動をされてきたんです。
・・・ガガーーン!!!
とても大きなショックでした。
自分が学ぶ事をそういう大きなグローバルな視点で
考えた事がありませんでした。
初めて会った私に
「運・鈍・根」
と筆ペンでその辺にあるノートに書いてくれました。
「運をつかみ、歩みは鈍く、だけど根をしっかり張りなさい」
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?id=0183590-0000&kind=jn&mode=5人生はなんたるものか・・・
重い深いテーマを頂きました。
もう私には時間がありません。
だから若い方同士でコミットして
あなたの仲間を広げていって下さい。
またその後、別の方にお会いしました・・・
残された人生
いつそんな時が来てもいいように
生きていた証が欲しいから
自分は人の為にこの時間を使おうと思っている。
70歳の記念に書いた青春というその方の書が
部屋に飾ってありました。
「青春」
18歳でも心が腐っていたなら
年老いてる
70歳でも今に生き明日に希望を
心に夢を持っていたら
青春である。
(注意:私なりに勝手に注釈しました)
その方も戦争を超えてきています。
戦後に生まれた団塊の世代の人とは
やはり人生の重みが違うような気がしました。
ちょっとお話が変わってしまいますが・・・
初めて聞いたお話だったので書きます。
その方は音楽が好きで
音楽を聴くのに学校の体育館でお金を払って聞いた
そうです。
そういう業者さんがいて
機材とレコードを持って街から街へ
移動していたそうです。
皆様ご存知でしたか?
だから少ないおこずかいの
中から出して聞いたクラシックは
物凄く強く覚えている
っておっしゃってました。
バッハが一番お好きだそうです。
音楽は感動するから素晴らしい
音楽を聴き涙することの出来る自分は
まだまだ大丈夫・・・と思うそうです。
感動の後は明るい気持ちになる
決して暗い気持ちになることは無い
だからあなたの「歌う」という事は
人の気持ちを明るくする事のできる
素晴らしい事なのです。
優しくて強い
戦争を乗り越えて
今を生きている
投稿者 うたごころ 16日 22:08 | コメント(0) | トラックバック(0)


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