2008年08月06日(水)
落差と 「 心の微笑み 」
おかげさまで無事に
富士山の麓にある鳴沢村の
「ガーデンコンサート」 は終了しました。
もし一日ずれていたら、バケツをひっくり返したような雷雨で
コンサートは恐らく、万が一を考えてオーナーさんが用意して下さった
鳴沢村の町営のコンサートホールにて行われていたことでしょう。
もし、そうだとしたらあの楽しい夢のような時間は
過ごせなかったように思います。
思い返せば返すほど、大きな力に守られて「 神がかって 」
いたように感じてならないのです。
富士山の力、緑の力、風の力を体中に浴びて歌った感触です。
もちろん、目の前には、たくさんのお客様がいらっしゃいました。
でも、自分はどこに向かって歌っているのか
分からないそんな瞬間が何度もありました。
歌と自然が 「 共鳴 」 していたような感覚です。
ひぐらしが鳴くように、鶯が鳴くように
「 歌っていた 」 のです。
それは、とても清清しく何ものにもかえられない貴重な経験でした。
次の日の夜は所用で渋谷に戻り、空気のよどみや見えるものがすべて
曇っているように感じました。
言葉に出来ないむなしさ・・・辛さ・・・憂いを感じたのです。
この国はこの先、どこへいってしまうのだろう・・・と
街の人達がすべて、ひとりひとりではなく
「 一塊のグレーの集団 」 に見えたのです。
そのグレーの集団がわき目もせずにただ一点を見つめて
急ぎ足で歩いていました・・・
自分が生きていくために時間に追われてる
朝早く起きて満員電車にギュウギュウに詰められ
夜遅くまで仕事を毎日、毎日繰り返し
まるで 「 機械 」 のように生きている。
すべてのお天気の日もあれば、雷雨もある
それを受け入れてくれる雄大な 「 自然の力 」「 富士山の力 」 との
落差があまりにも大きかったです。
( あまり自分の中で落差が激しすぎて 「 時差ぼけ 」 のような
状態になり頭がぐるぐるしてきてしまったんです )
その場で足がすくんでしまった・・・というのが
一番合っているかもしれません。
どのくらいの時間かは分かりませんが
いろんな事が頭の中をめぐりました。
こんな世の中の中で自分が歌い手として
「 何ができるんだろうっ 」 て
その後も数日間、何をやってもその事を考えていました。
そこで思いついたのです。
私の歌を聴いてもらうことによって
「 心の微笑み 」を感じてもらえればいい!! と思ったのです。
毎日の生活に追われてしまうのは現代の生活のなかでは
仕方のないことです。
山を愛でて一日が終わる・・・それでは生活が出来ません。
一家の大黒柱であるお父さんが働いてくれなければ
家族は困ってしまうし
家庭の中の家事や食事をお母さんが手を抜いては
やはり家族は困ってしまいます。
みんながお互いを 「 思いやり 」 犠牲になって成り立っているんです。
みんな「 誰かのために 」 一生懸命に生きてるんです。
誰かのために一生懸命に生きている 「 自分 」に
時々は 「 自分の時間 」 をご褒美をあげてもいいと思いませんか?
コンサートに着飾って出かけて、席についた瞬間から
あなたの時間はもう誰にも束縛されません。
「 自分だけの時間 」 なんです。
歌を聴きながら
静かに自分と対話したり、思い出の世界に想いを馳せてください。
「 自分への最高の贅沢な時間 」 を味わって欲しいのです。
非日常の世界に身を委ねているうちに
「 心 」 がすこしづつ綺麗になっていき
生活の事でいっぱいで硬くなってしまった「 心 」 が
氷が少しづつ溶けていくように柔らかくなり
いつの間にか 「 心の微笑み 」 を感じているのではないでしょうか。
コンサートが終わり、
「 自分の時間 」 が終了したら
明日から「 誰かのために 」 に一所懸命に生きればいいんです。
数ヶ月たってまた、コンサートに足を運んで
「 心の微笑み 」 を取り戻してください。
そういう自分への 「 ご褒美の繰り返し 」 を
していると、いつでもどんな時でも 「 心の微笑み 」 を
持っている人になれると思うのです。
「 心の微笑み 」 とは、とても抽象的な言い方かもしれませんが
「 心 」 に 「 何か 」 を感じることです。
雄大な富士山を見て、何も感じない人がいないように
歌を聴いて「 心 」 に 「 何か 」 を感じることは
物凄く難しい事ではないと思うのです。
何故 「 心の微笑み 」 という言葉を思い浮かんだかというと
コンサートに来てくださったお客様の 「 表情の変化 」 を
思い出したのです。
一部の開演の時はみなさま、緊張しているせいか顔の表情が硬いです。
でも、お帰りの時はどんな方でも 「 天使 」 のように
お顔の表情がほころんでキラキラ輝いているように見えたのです。
「 心の微笑み 」を取り戻しにコンサートに
足を運んでみてください。
いますぐに、富士山のようにどんな人の 「 心 」 にも
感じてもらえるものは
もしかしたら持っていないかもしれません。
いつか、どんな人の心にも
「 心の微笑み 」 を感じてもらえる歌い手になります。
富士山の麓で歌い、富士山のエネルギーをいただいたから
こういう事を決意できたのだと思います。
すべての出会いと、富士山に感謝です。
富士山の麓にある鳴沢村の
「ガーデンコンサート」 は終了しました。
もし一日ずれていたら、バケツをひっくり返したような雷雨で
コンサートは恐らく、万が一を考えてオーナーさんが用意して下さった
鳴沢村の町営のコンサートホールにて行われていたことでしょう。
もし、そうだとしたらあの楽しい夢のような時間は
過ごせなかったように思います。
思い返せば返すほど、大きな力に守られて「 神がかって 」
いたように感じてならないのです。
富士山の力、緑の力、風の力を体中に浴びて歌った感触です。
もちろん、目の前には、たくさんのお客様がいらっしゃいました。
でも、自分はどこに向かって歌っているのか
分からないそんな瞬間が何度もありました。
歌と自然が 「 共鳴 」 していたような感覚です。
ひぐらしが鳴くように、鶯が鳴くように
「 歌っていた 」 のです。
それは、とても清清しく何ものにもかえられない貴重な経験でした。
次の日の夜は所用で渋谷に戻り、空気のよどみや見えるものがすべて
曇っているように感じました。
言葉に出来ないむなしさ・・・辛さ・・・憂いを感じたのです。
この国はこの先、どこへいってしまうのだろう・・・と
街の人達がすべて、ひとりひとりではなく
「 一塊のグレーの集団 」 に見えたのです。
そのグレーの集団がわき目もせずにただ一点を見つめて
急ぎ足で歩いていました・・・
自分が生きていくために時間に追われてる
朝早く起きて満員電車にギュウギュウに詰められ
夜遅くまで仕事を毎日、毎日繰り返し
まるで 「 機械 」 のように生きている。
すべてのお天気の日もあれば、雷雨もある
それを受け入れてくれる雄大な 「 自然の力 」「 富士山の力 」 との
落差があまりにも大きかったです。
( あまり自分の中で落差が激しすぎて 「 時差ぼけ 」 のような
状態になり頭がぐるぐるしてきてしまったんです )
その場で足がすくんでしまった・・・というのが
一番合っているかもしれません。
どのくらいの時間かは分かりませんが
いろんな事が頭の中をめぐりました。
こんな世の中の中で自分が歌い手として
「 何ができるんだろうっ 」 て
その後も数日間、何をやってもその事を考えていました。
そこで思いついたのです。
私の歌を聴いてもらうことによって
「 心の微笑み 」を感じてもらえればいい!! と思ったのです。
毎日の生活に追われてしまうのは現代の生活のなかでは
仕方のないことです。
山を愛でて一日が終わる・・・それでは生活が出来ません。
一家の大黒柱であるお父さんが働いてくれなければ
家族は困ってしまうし
家庭の中の家事や食事をお母さんが手を抜いては
やはり家族は困ってしまいます。
みんながお互いを 「 思いやり 」 犠牲になって成り立っているんです。
みんな「 誰かのために 」 一生懸命に生きてるんです。
誰かのために一生懸命に生きている 「 自分 」に
時々は 「 自分の時間 」 をご褒美をあげてもいいと思いませんか?
コンサートに着飾って出かけて、席についた瞬間から
あなたの時間はもう誰にも束縛されません。
「 自分だけの時間 」 なんです。
歌を聴きながら
静かに自分と対話したり、思い出の世界に想いを馳せてください。
「 自分への最高の贅沢な時間 」 を味わって欲しいのです。
非日常の世界に身を委ねているうちに
「 心 」 がすこしづつ綺麗になっていき
生活の事でいっぱいで硬くなってしまった「 心 」 が
氷が少しづつ溶けていくように柔らかくなり
いつの間にか 「 心の微笑み 」 を感じているのではないでしょうか。
コンサートが終わり、
「 自分の時間 」 が終了したら
明日から「 誰かのために 」 に一所懸命に生きればいいんです。
数ヶ月たってまた、コンサートに足を運んで
「 心の微笑み 」 を取り戻してください。
そういう自分への 「 ご褒美の繰り返し 」 を
していると、いつでもどんな時でも 「 心の微笑み 」 を
持っている人になれると思うのです。
「 心の微笑み 」 とは、とても抽象的な言い方かもしれませんが
「 心 」 に 「 何か 」 を感じることです。
雄大な富士山を見て、何も感じない人がいないように
歌を聴いて「 心 」 に 「 何か 」 を感じることは
物凄く難しい事ではないと思うのです。
何故 「 心の微笑み 」 という言葉を思い浮かんだかというと
コンサートに来てくださったお客様の 「 表情の変化 」 を
思い出したのです。
一部の開演の時はみなさま、緊張しているせいか顔の表情が硬いです。
でも、お帰りの時はどんな方でも 「 天使 」 のように
お顔の表情がほころんでキラキラ輝いているように見えたのです。
「 心の微笑み 」を取り戻しにコンサートに
足を運んでみてください。
いますぐに、富士山のようにどんな人の 「 心 」 にも
感じてもらえるものは
もしかしたら持っていないかもしれません。
いつか、どんな人の心にも
「 心の微笑み 」 を感じてもらえる歌い手になります。
富士山の麓で歌い、富士山のエネルギーをいただいたから
こういう事を決意できたのだと思います。
すべての出会いと、富士山に感謝です。



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なんか嬉しい